藤原啓治のはなし

ほし×こえ盛岡の第2部を観て参った、というブログを書こうとしていたのだけど、おさけを飲んで帰ってきてアニメを見ていたらピーンときてしまったことがあったのでそれを書かざるをえない。

いいか、ここからは曖昧な記憶だ。
公演後はカテコがあって、そこで小野大輔と桑島法子はなんかいろんな話をしてくれた。
これは1部でもあったらしいんだけど、藤原啓治から手紙がきててそれを小野大輔が読むというイベントがあって、それはそれは笑うとこばっかりだったけどそれはたぶん他の人がもうレポに書いてると思うのでそっちを見てください。

先程も言ったようにおれは2部が終わって酒飲んで帰ってきて、1週間分の溜まったアニメを見ていた。
青の祓魔師を見てたら、藤本獅郎が出てきて喋った。

CV平田広明、まあもうマジで格好良い。
だが、おれはどうしても幻影をみる。
世界の果てを見るような感覚だ。愛おしく、どこか遠い。知っていたような、知らない感覚。

ほしこえカテコで語られた内容はかなりの曖昧な記憶によるとだいたいこんなかんじだ。
‪今回の「ほし×こえ」は、1年前に石田彰と大原さやかに読まれたものに加筆したかたちで、小野大輔と桑島法子が再演する、というかたちをとる。
藤原啓治は、そこに意味があると言っていた。色んな人が演じることに意味がある、と、そういうことを言っていた(ような気がする)‬。
‪言ってることわかりますか、今回、藤原啓治がこんなことを言うってほんとうになんていうか深い感慨がある‬とおれはおもう。

‪おれはいままで声優の総入れ替えだとか、声のイメージが変わるだとか、そういうことでマイナスに思ったことが全くなかった。そして今もそれはない。こっちはこっちでまた違ったよさがあるなあとか、むしろこっちのほうが原作のイメージでいいなあとか、そういうことを思うし、感じる。

‪そしておれは平田広明がめちゃくちゃ好きだ。めちゃくちゃ上手いしめちゃくちゃキャラクターを生かすから超好きだ。‬
‪だけどさあ、やっぱり藤原啓治なんだよな。‬
藤原啓治の声をその背後に聴いている。
平田広明の獅郎ほんと超かっこいいよ。キャスト発表されたとき喜びすらしたよ。
だからわかった。声優が変わることについて意見をするひとたちは、それを否定したいんじゃなく、寂しいとか、愛着とか、そういう情、たとえばじぶんのいちばん大事なひとが、ある日突然、姿形は何も変わらないのに中身が変わってたら、まずとてもびっくりする。なんかそういう感じだ。目の前にいるおまえは偽物だ、おまえはあのひとではない、とか言いたくなる気持ちがわかった。理解して実感した。でもやっぱりそれは一種の否定にきこえることがあるし、インターネットには切り取られた情報しか浮かんでいないので、そういう意見をみかけたときに変更後キャストのファンはすごくかなしいきもちになるということはほんとうだ。留意。
いやそんなのわかってはいたけど、やっぱり改めてピンときたので書いておいた。

いま代役を立てていろんなひとに声を担当してもらわねばならない状況にある藤原啓治の口から、そんな言葉が出るなんていうのは、ものすごく胸にくるものがある。
いろんなひとの、いろんな文体で、ひとつの物語を語ってもらうといい、なんてそんなこと、本人に言われてしまったら、とか思うところがいっぱいあるけどカットした。
記憶が定かでないのが残念すぎるけど、屍者の帝国のアニメ映画公開当初に、円城塔が寄せた文章にある思いと似ている、と思った。伊藤計劃もそうだけど、言葉に自覚的であるひとはみんなそうだ。「これが僕の物語だ」。
こういうことを意識的に言葉にできるようなひとが声優をやっているということは最高すぎるし、ほんとうにげんきになってほしいものだ。はやくまたあなたの言葉を聴きたい。